マーベルについて語りたい

理系大学生がマーベル映画についての感想考察を書きます。

【ドラマ考察】ドラマ ロキの納得がいくかもしれない考え方

どうも、Takaです。最近ドクターストレンジ マルチバースオブマッドネスのDVDが届いて、順調にコレクションが増えていっているのですが、以前買い集めていた映画のグッズのファイル達が邪魔になってきていて、どうしてこんなものを買ってしまったんだと後悔しています。

 

前回ドラマ ロキについて納得できていない疑問点について書いてみたのですが、それから人と話していて少し納得のできそうな考え方が見つかったので、それについてまとめてみます。キーワードは、無限遠バタフライ効果です。

 

以下は、ドラマ ロキの最終話までのネタバレを含みます。

 

 

時の終わり、虚無とは何なのか

TVAによって剪定されたものが送りこまれる虚無と呼ばれていた場所や、在り続ける者がいた時の終わりは一体どこなのでしょうか。そもそも場所とかどことか言っているのが合っているのかも分からないのですが。もともと僕は、時の終わりとは在り続ける者にとっての時間の最先端というか、在り続ける者もまだそれより未来は見てないし、何を神聖時間軸とするかも決めていないという意味での時の終わりだと思っていました。なので今のこの世界、この地球のこの環境が時間が経つと荒廃して、虚無と呼ばれるような世界になってしまうのだと。でも、そう考えてしまうと、そこまで時間が経った世界では普通の人は生きておらず、過去のある時間から飛ばされてきた変異体だけが生きる世界ということになってしまいます。そんな荒廃しきった世界でさらに未来をどうするか考えることに意味はあるのかと。在り続ける者以外が全滅してしまったような世界で、在り続ける者は一人で何をしているんだと。そう思ってよく分からなくなっていました。そこで、考え方を変えるために思いついたキーワードが無限遠です。無限遠点とは、ちらっと調べた感じ、限りなく遠いところにある点のことという意味で、時間を一本の軸として捉えたときに、その軸上にある点ではあるけど、ある点から進んでいってその点まで到達するには無限の時間がかかる、つまり到達できない点のことです。ロキに出てきた虚無や時の終わりというのが、この無限遠点的なものだと捉えると、あー確かにそうかもという感じで納得できるような気がします。そこに到達できる技術がどんなものなのかは置いておいて、在り続ける者は時間的な無限遠点に行く技術を開発して、そこから時間軸の各点各点を観察していると。この考え方だったら、今の地球が時間が経てば絶対に虚無のような荒廃した世界になるという訳ではないことになるし、虚無の世界は普通に時間を過ごしていても到達できるところではないことになるので納得できる気がします。じゃあそれはどこにあるんだと考え出すと、きりがないので、おそらくこの宇宙のどこかしらの次元の中に、普通の空間的、時間的移動ではたどり着けない場所があるということにしておいたら良いのでしょう。

 

 

なぜ時間軸の分岐が起こるのか

この疑問がドラマ ロキを受け入れられなかった一番の理由になっていました。在り続ける者はもともと31世紀に暮らす人で、それからなんやかんやあってTVAに神聖時間軸を見張らせていました。ということは、TVA発足の時点で、例えば2000年のある出来事というのは既に起きていて過去の事としてあるはず。それなのになぜTVAは元々の出来事と違うことをしたことを感知して変異体として処理することができるのでしょうか。その分岐は何故起こるのでしょうか。タイムスリップによって過去を変えることで分岐が起こるだけなら分かるのですが、過去に起きて確定しているはずの出来事もずっと揺らいでいて、たまに変わってしまうということなのでしょうか。確定した事実のはずが、そんな確率的な振る舞いをするのでしょうか。僕はそこに納得いかずに苦しんでいたのですが、もしかしたら納得ができるかもしれない考え方が出てきました。そのキーワードがバタフライ効果です。バタフライ効果についてググってみると、非常に小さな出来事が、最終的に予想もしていなかったような大きな出来事につながる、という意味と出てきました。このことは、北京で蝶が羽ばたくとニューヨークの天気が変わるという風にも例えられる話です。今回の神聖時間軸からの分岐についてもこれが起こっているのではないかと考えてみました。というのは、分岐が起こるのは、まだ在り続ける者が神聖時間軸として出来事を決定していないくらいの遠い未来で、過去にタイムスリップをするという事がきっかけになっていて、そこから大きな過去改編的な動きをすると分岐がおこるのは間違いないと思うのですが、そうではないほんのちょっとの出来事を変えるくらいでそのタイムスリップが完了したとします。例えばある歩行者とぶつかりそうになって、その歩行者が少し避けて歩いたとか。その程度の改変であれば、その後の出来事にほとんど影響がないので、一旦神聖時間軸からの分岐とは見なされずスルーされてしまいます。その結果、その後の出来事に全く変化が見られない場合は、それで問題ないわけです。イメージとしては、ごくわずかに神聖時間軸からの分岐は起こっているけど、それはTVAに感知されるレベルでもなく、そのままにしておいてもいずれ神聖時間軸と合流してしまうといった感じです。ですが、タイムスリップによってごくわずかに改変された出来事が、バタフライ効果によって、その後に起こることを大きく変えてしまう可能性もある訳です。先ほどの例でいうと、タイムスリップしてきた人がある歩行者にぶつかりそうになって避けて歩いたという、ちょっとした過去改変が、多くの場合はその僅かな違いでも仕事に遅れることなく影響はないかもしれませんが、そのちょっとの遅れで電車に一本乗り遅れて、仕事に遅刻した結果、その企業にとって大打撃となるようなミスに繋がる可能性もあるといった感じです。神聖時間軸からの分岐が起こった原因はタイムスリップだったとしても、それとは遠い全然関係のないところから急に大きく出来事が変わりうるということです。この考えであれば、何故分岐が起こるのかという疑問については解消された気がします。まだ、よく考えるとおかしいところもあるのかもしれませんが。

 

 

おわりに

今回は前回紹介したドラマ ロキに関する疑問点について、自分なりの納得する考え方を紹介しました。よくよく調べてみたら、ドラマの監督とか脚本家の方がどこかしらのインタビューで解説してたりもするのかもしれませんが、こういったことをああでもない、こうでもないと考えるのが好きなので、個人的にはこのようなスタンスでこれからもやっていきたいと思います。他にも、もっと納得のいく考え方や、そもそもドラマで語られていた設定を見逃して変な考えをしている可能性もあるので、何かありましたら教えていただきたいです。